鈴木雅明とハラルド・フォーゲルとバッハ縁りのオルガンを尋ねて
〜バッハ縁の地とバッハが演奏したオリジナルの状態を保ったオルガンを尋ねる旅〜
企画制作:北ドイツ・オルガン・アカデミー(主宰:ハラルド・フォーゲル)
期 間:2000年8月18日(金)から28日(月)まで
定員:35名
旅 程:下記
| 8/18(金) | - | 東京発 | フランクフルト泊 |
| 夕方 | フランクフルト着(ツアーの概要の説明) | ||
| 8/19(土) | 午前 | アイゼナッハの「バッハ・ハウス」 (ポジティフ、チェンバロ、ペダル・クラヴィコードの鑑賞) |
アイゼナッハ泊 |
| 午後 | ヴァルタースハウゼン(トゥロスト・オルガン) グレーフェンハイン(ティーレマン・オルガン) |
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| 夕方 | アイゼナッハにて会食 | ||
| 8/20(日) | 午前 | オールドルフにて礼拝に参加 オールドルフ城とジィーヒホーフス教会訪問 |
アイゼナッハ泊 |
| 午後 | アルンシュタットのバッハ教会訪問 (復元されたヴェンダーオルガンとバッハ縁の史跡) |
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| 夕方 | ヴァルタースハウゼンにてオルガン・コンサート | ||
| 8/21(月) | 午前 | ヴァイマールのヘルダー教会訪問 (かつてヨハン・ゴットフリート・ヴァルターが務めていた史跡訪問) |
シュメルン泊 |
| 午後 | ナウムブルクのヴェンツェルス教会訪問 (ヒルデブラント・オルガン) | ||
| 夕方 | シュメルンにて会食 | ||
| 8/22(火) | 午前 | アルテンブルクのシュロス教会 (トゥロスト・オルガン) | シュメルン泊 |
| 午後 | ポーニッツ (ジルバーマン・オルガン) | ||
| 夕方 | ポーニッツにてコンサート | ||
| 8/23(水) | 午前 | フライブルクの大聖堂とペトリ教会訪問 (ジルバーマン・オルガン) | ドレスデン泊 |
| 午後 | ドレスデンにて博物館見学 | ||
| 夕方 | ドレスデンにてコンサート鑑賞(選択自由) | ||
| 8/24(木) | 午前 | ライプツィヒのトーマス教会(ザウアー・オルガン、新バッハ・オルガン) バッハ縁の史跡訪問 |
ライプツィヒ泊 |
| 午後 | シュテルムタール(ヒルデブラント・オルガン) | ||
| 夕方 | ライプツィヒにてコンサート | ||
| 8/25(金) | 午前 | ハレのマルクト教会(ライヒェル・オルガン) | ツェレ泊 |
| 午後 | グラウホフのクロスター教会(トゥロウトマン・オルガン) | ||
| 夕方 | ツェレの市教会(修復されたクレーガー/フス・オルガン) | ||
| 8/26(土) | 午前 | リューネブルクのヨハニス教会(ニーホフ/ドロパ・オルガン) リューネブルクのミヒャエリス教会 |
ハンブルク泊 |
| 午後 | リューネブルクのミヒャエリス教会 17:00−20:30 リューベックのヤコビ教会(シュテルヴァーゲン・オルガン) |
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| 夕方 | |||
| 8/27(日) | 午前 | ハンブルクのヤコビ教会にて礼拝に参加 または美術館見学(ブクステフーデ肖像画所蔵) |
ハンブルク泊 |
| 午後 | 12:00−17:00 ハンブルグのヤコビ教会(シュニットガー・オルガン) | ||
| 夕方 | ハンブルクにて会食 | ||
| 8/28(月) | - | 〈帰路〉 ハンブルク − フランクフルト − 東京 | - |
"今こそ、オルガニスト・バッハの響きを訪ねて"
ヨハン・セバスティアン・バッハは、生涯、まずオルガニストであった。彼がライプツィヒへのオーディションに招かれたのは、楽長としての能力というより、まずオルガニストとしての名声を買われてのことであったし、ライプツィヒの楽長就任後も、最晩年の1746年に至るまで、多くのオルガンのお披露目演奏に招かれ、オルガン検査を兼ねて、その妙技を披露したのである。
そのバッハが理想としたオルガンとは、果たしてどのようなものだったか。バッハ・オルガンの響きを求めて、これまで多くの研究者やオルガニストが、ザクセン地方を旅してきた。しかし、バッハが実際に演奏したオルガンは、19世紀から今世紀にかけて改ざんされたものばかりであり、今までは、決してバッハ・オルガンの内実に迫ることはかなわなかった。ところが、没後250年を迎える今年、ゆかりの諸都市はこぞってオルガンを修復・復元し、今やようやくバッハ・オルガンの真の姿が見えてきた。これも、直接・間接にH.フォーゲル氏のたゆみない努力の成果にほかならない。
若かりし15歳のバッハが、友人エールトマンと共に赴いた北ドイツ・リューネブルクでは、巨匠ゲオルク・ベームがヨハネス教会のオルガニストを勤めていた。ここのオルガンは、北ドイツオルガンの始祖とでもいうべき巨匠ニーホフに遡るが、バッハもこれを堪能したに違いない。その数年後、バッハが初めてオルガニストとして就職したアルンシュタットの新教会、今ではバッハ教会と呼ばれているようだが、つい最近まで、バッハの肖像つきの外見のみ美しいオルガンが設置されており、中身はバッハ時代のものとは全く別物だった。それが、今回、当時のヴェンダー製オルガンが復元されて、初めてバッハ教会の名にふさわしいものとなったのだ。
またバッハ詣での総本山ともいうべきライプツィヒの聖トマス教会でも、従来、典型的ロマンティックな巨大なザウアーオルガンが、その主として君臨してきた。が、今回、気鋭の製作者ヴェールによる新しい(そして真に歴史的な)バロック・オルガンが完成する。
その他、バッハがリューネブルク時代に何度も訪れたツェレ、ライプツィヒに移った年にバッハ自身がお披露目をしたシュテルムタル、そしてバッハの愛弟子クレープスがオルガニストをつとめたアルテンブルク城教会、ジルバーマンの名器で名高いフライブルク、バッハがオルガニストのポストを求めて試験演奏をしたハンブルク聖ヤコビ教会シュニットガーの名器などなど、この旅の魅力は語り尽くせない。
しかし、今回の白眉は、何と言ってもナウムブルクであろう。''ザハリアス・ヒルデブラント''の名を聞いて、すぐに思い当たる人は、相当のバッハ通、ないしオルガン狂である。ヒルデブラントとは、かのジルバーマンの弟子であったが、ジルバーマンのオルガンに不満が募っていたと言われるバッハは、数々の状況から、ヒルデブラントを好んでいた可能性が高い。最晩年1746年、バッハは生涯最後のオルガン検査をすることになるが、それがナウムブルクのヒルデブラント・オルガンであった。このオルガンは、師匠ジルバーマンと争って勝ち取った仕事でもあり、ヒルデブラントの最高傑作として名高いが、長い修復の時を経て、今始めてその全貌が明らかとなる。果たしてここに、バッハの理想があったのか。名器ジルバーマンを凌いだとも言われるヒルデブラントのオルガンや如何に?
バッハ・コレギウム・ジャパン
音楽監督 鈴 木 雅 明
料金に含まれるもの:
@ 成田−ドイツ間の航空券代
A すべてのオルガン見学、コンサート、博物館訪問の入場料
B 旅行中の移動費(バス移動)
C 10泊分の宿泊費(ツイン、朝食付)プラス450ユーロでシングルルームもご用意できます。
D すべてのオルガン解説書
E 夕食3回、昼食6回(ランチボックス)
特典:
@ ハラルド・フォーゲル氏と鈴木雅明の解説付でオルガンを見学していただきます。
A ツアー中に、フォーゲル氏と鈴木雅明のオルガン・コンサートをお楽しみいただけます。
B オルガン学習者の皆様にはこの貴重なオルガンを直接試奏していただくことができます。
C ツアーの最後には,オルガン学習者の皆様によるコンサートも計画中です。
備考:
このオルガン・ツアーの前後に次のオルガン・アカデミーが開催されます。参加ご希望の方は、調整できる場合もございますので、ご相談ください。
@ スウェーデン、エーテボリ・オルガン・アカデミー(8月7日から18日)
A ドイツ、テューリンゲン・オルガン・アカデミー(8月28日から9月2日)
お問合せ先:
バッハ・コレギウム・ジャパン
東京都渋谷区千駄ヶ谷 5−29−7−402 電話 03−3226−5333
ファクス 03−5362−5445
E-mail general@bach.co.jp